2005年10月07日

ラジコン(Radio Control)

私が、初めて買ったラジコンの送信機は、双葉電子工業製のFT-5Eシングルチャンネルでした。世界初の、スティック式1Ch送信機です。もちろん、現在のプロポの様ににスティックと比例して操縦できるわけではなく、一定角度舵が切れるという原始的なものです。当時にも、デジタル・プロポーショナル・プロポはありましたが、とても高価で買えるものではなかったです。受信機は、同じく双葉電子工業製の超再生リレーレス受信機で、当時では軽量なものでした。これに、ゴム動力駆動(!)のエスケープメントという装置をつけて、操舵するのです。手始めに、049エンジン付の飛行機を「ラジコン技術」を読んで自作しましたが、どうもうまく飛びませんでした。仕方ないので、当時、クリッパー商会(徳島の模型メーカー、いまでもあります。)が当時売っていた、全長90cmのABS製のボートに、マブチのRE−56モータをつけて、エスケープメントで操舵できるようにしました。走航の度に、エスケープメントのゴムを巻くのが若干悲しいところですが、ボート自体は非常に良く走り、当時の電動ボートにしては、高速に走航可能でした。
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その後、三和電器製の2CHプロポを買ってからは、車(1/8エンジンカー、トドロキモデルのロードエース、エンジンは、HGK−21F)が、休みの日の友でした。チームを作って競争したものです。その後、双葉電子工業のFP−2Fのハンドル型送信器を手に入れ、米国製のアソシエイティドRC−200にK&B21のエンジンを搭載して走行させていました。
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あれから、20数年経ちましたが、その間の技術の進歩はまさに驚くべきものです。いまや、ラジコンメーカーの多くは、ロボットを作るメーカーとして活躍しています。マイクロ・コンピュータに進歩により、昔は夢でしかなかったことが実現しています。また、リチウム電池の出現により、電動飛行機が、簡単に飛ぶようにになりました。でも、飛行機を飛ばせる場所は減りました。


posted by Au Pistou at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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